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2014年3月23日 (日)

異動

    
【号外 ささべ氏、ヘビーローテーション】
 
「NMBからAKBへ電撃移籍」
 
 
。。。。。。。。。。。。。。。。。
 
 
4月から東京へ異動となりました。
 
 
少し前から、配置転換がありそうな雰囲気だった。
 
正式に辞令が出るまでは伏せられたのだが、気になるので上司に「こっそり教えてくださいよー」と言ったら、
 
「うーん、じゃぁヒントだけね。○京です」
 
と一文字伏せられて教えてもらっていたのだ。バレバレ。
 
 
先週終わりに、口頭で通知されて、3月末で大阪から潰走することになりました。
 
「わかってたでしょ?あのヒントじゃ東京しかないじゃん」と言われて。
 
 
まぁ、90%くらい東京だろうなとは思ってた。
 
 
 
あとの10%は北京か南京だと思ってました。ボクの場合。
 
 
 
家はまだ決まってなくて、千葉や神奈川になるかもしれないけど、職場は東京駅近くの賑やかなところなので、そっち方面の人は宜しくお願いします。
 
 
 
 
 
 
 

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2014年3月21日 (金)

カニチャーハン

 
居酒屋で飲んでたら、隣席のカップルの会話が聞こえてきた。
 
内容から、女性が広島出身で、男の方は標準語圏の人だとわかった。
 
 
「”めんどくさい”って広島弁で何て言うの?」
 
「うーん、”たいぎぃ”とか言うかな」
 
「へぇー。どんな漢字書くの?」
 
「え!? えーと・・・大きいの”大”に・・・」
 
 
↑おいおい、ウソを教えるな。
 
 
。。。。。。。。。。。。。。
 
 
怖い話します。
 
 
こんな店員さんがカニチャーハンを持ってきたのだった。
 
Photo_2
 
【絵 ささべ】
 
 
「おまたせしましたー!」
 
 
「お!ねーちゃんいいねイイネ!おじさん、もっと注文しちゃおうかな!」
 
 
さっそく運ばれて来た料理を食べようと皿を持った瞬間、飛び上がる程の熱さを感じたのだった。
 
レンジで皿ごとチンしたのだろう。今指を見ても軽く火傷している。
 
 
え?・・・あの美人店員さん、コレ素手で持ってきたよな・・・。トレンチも手袋もなかったし。
 
どこ持ってたんだいったい。。。
 
 
もう一度熱いモノを頼んで確かめてみようということになり、連れが揚げたて唐揚げを頼んだら、小皿に盛られて来たのでした。バカかコイツ、それは素手で持ってこないだろう。
 
 
あのおねぇさん、可愛かったけど怖かったです。
 
 
 
 
 
 
 
自分で描いた絵が可愛く見えて、惚れてしまうあたり、ボクはもうダメかもしれません。
 
 
 
 
 
 

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2014年3月17日 (月)

ゲームセンター

 
この人、達筆な字を書くなぁと思ってた人が、他の人から「あの子、字汚いよねぇ」と噂されてて、自分を含め誰も信用できなくなった本日。
 
 
。。。。。。。。。。。。。。
 
 
一人ぼっちで寂しかったので、あまり好きじゃないけどゲームセンターに行った。
 
 
UFOキャッチャー
女子集団がやってるのを後ろで見て、アームの開き幅を観察してたら、「あ、先にどうぞ!」と譲られて、怖くなって逃げる。
 
格闘ゲーム
コマンドが覚えられず断念。
 
太鼓でポン
ガチ勢がどいてくれず。
 
BEATマニア
EASYモードがクリアできず。
 
脱衣将棋ゲーム
珍しいモノもあるもんだと手が伸びかけるが、自分を律して思いとどまる。
 
麻雀ゲーム
二面待ちを張ったと思ったら、「四面待ちですけどリーチしますか?」という表示が出て立腹する。
 
DANCEDANCEレボリューション
勇気が出ず。
 
クイズゲーム
「芸能・エンタメジャンル」がクリアできず。
 
競馬ゲーム
コインを大量に増やしてしまい、処理に困る。
 
ガンシューティングゲーム
右から左から次々と襲ってくるゾンビに対応できず、400円つぎ込んでもすぐにゲームオーバー。こんな難しいゲーム、クリアできる人いるのかよ。
 
次にカップルが挑戦してたので、こっそり見てたら、ボクと同じステージを、二人で銃を撃ちまくってサクッとクリアしていた。そんなのアリですか。
 
 
 
ゲームセンターに行くのは、おそらく今世ではもう最後です。
 
 
 
 
 

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2014年3月10日 (月)

送別会

  
家の前に「らーめん」の看板が立って、心待ちにしてたのだが、一向に新しい店が建つ気配がない。
 
近くでよく見たら、「らーめん○○屋 1km先→」という看板だった。
 
 
こういう仕打ちを平然とできる大人に、ボクは恐怖を感じます。
 
 
。。。。。。。。。。。。。。。。
 
 
学生時代に2年半働いた居酒屋ではみんな仲が良く、誰々さんが辞めるとなれば毎回送別会が催された。
 
遅い時間ではあるが、営業中のうちからコツコツと準備を始め、店を閉めた後に、メンバーだけで送別会をするのだ。非番の人も駆けつけて。
 
料理のメインは、送り出される人が決める。
 
店に貢献してくれたことに感謝し、ウチの味を忘れないでね、ということで、最後の晩餐はメニューの中から好きなものを選べる特権が与えられるのだ。他の人も同じものを食べれる。
 
鍋料理を選べばみんなで鍋パーティ、ピザを選べばトッピングし放題のピザパーティ、お酒は飲み放題。送別会最高!
 
気の利く先輩などは我々のことを考え、卒業のメニューに「刺身盛り合わせ」とかを選んでくれて、その日は高価なお刺身食べ放題になったり、女子の先輩は「パフェ」をチョイスして、スイーツ祭りになったりと、個性が出る一面でもあった。
 
 
 
ある日、揚げ台を担当していた王さんが辞めることになった。院生を卒業して中国に帰るらしい。
 
 
「王さん辞めるんですか!?ウレ・・寂しいです!送別会しないといけないですね」
 
 
やったーまた送別会だ!と楽しみにしてたのだが、卒業メニューを聞いて愕然とした。
 
 
「お茶漬けヨ!」
 
 
↑おち・・・ え!?
 
 
「お茶漬けはホントに食べたいヨ!一番日本の味ヨ!中国戻ったらあんなのないヨ!」
 
 
 
王様の言うことは絶対なので、かくして我々は、0時過ぎからお茶漬けパーティを催したのだった。
飲み会の始まりというか、シメの終わりみたいな、って、こんなので酒が飲めるか。
 
「明太子とか海苔とか、トッピングは自由だから!」という店長の優しさに涙しながら、しめやかに王さんを送り出して会は終わりとなった。
 
中国でも素売ってて、食べれますから。
 
 
 
やがてボクもバイトを辞めることになり送別会が開かれたのだが、他の面々のことを思い、「焼肉」を選んで、後輩から神だの仏だの尊敬されたのでした。
 
「コーンバター」とか「つぼ八サラダ」とか言ったらウケるだろうなぁと直前まで考えていたまだ子供だったのだが、ホントに言ってたら、今ごろ思い出しては死にたくなる過去がまた1ページ増えてたことだと思います。
 
 
 
 

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2014年3月 7日 (金)

左利き

  
問題です。
 
「どこか遠い星にいる宇宙人と、音声のみで交信をとっています。彼らに「右」と「左」の概念を教えようとすると、どう説明すればいいでしょう」
 
 
。。。。。。。。。。。。。
 
 
知る人ぞ知る(親ぐらいしか知らないが)、ボクは初め左利きだったが、すぐに矯正されて右利きになった。
 
左利きで生きていくには何かと障害も多く、完全に定まっていない小さいうちにペンや箸の持ち方から矯正する親も多いと聞く。
 
例えば、左利きだと、食事の席で隣の人と手がぶつかったりだとか、野球でショートやサードが守れなかったりする(一塁に投げるために身体を回さないといけない)。バッティングセンターに行っても不公平を感じるだろう。日常用品(ハサミやグローブや電話機など)も右利き基準で作られているため、左利きの方が生活の上でストレスが溜まり、病気になりやすいとも言われる。
 
ボクは特別不器用なので、左利きのまま育っていれば、色ペンで文章を書いても、書いたそばから追う手で擦ってしまい、文字も手も汚れてブサイクなことになっていただろう。
 
持ち駒だって、取るのがめんどくさくなってやめてしまうかもしれない。
 
 
そう思うと、右利きに直されてよかったと思います。
たまに変なところで名残が出るけど、今では気持ちも身体もすっかり右派の人間。
(サウスポーの人ってカッコイイよね、という話題になった時だけホントは左利きだと主張するくらい)
 
 
あと、左利きの方が交通事故に遭いやすいのだとか。
日本は右側通行であり、歩行者は右から突進してくる車に注意しなければならない。左利きだと、咄嗟の判断がわずかに遅れたり、無意識に左半身が先に動いてしまうため、比べて車にぶつかりやすいというわけだ。
 
 
ホントかどうか知らないが、一番タメになった。命に関わるからね。
 
 
 
拝啓
お父さんお母さん
 
右利きに矯正してくれてありがとう。危うく命を縮めるところでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
P.S 日本と同じ感覚で行った、交通マナーが100倍くらい悪く、且つ左側通行の中国では、危うく命を縮めるところでした。
 
 
 
 
 

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2014年3月 6日 (木)

上海風俗事情

  
神に誓って私は無関係です、と断った上で、ですけど。
 
 
上海ってエッチなお店が多かったなぁと。
 
 
「夜の街」といわれるくらいなので風俗産業が盛んなのは当たり前なんだろうけど、日本みたいに歓楽街の一角に集まってるだけでなく、商店街や農道なんかにも点在していた。
 
一見してそれと判るのならいいが、中には床屋や小料理屋、銭湯などの延長で風俗業を兼営してるところもあり、(風俗店だと主張したら警察の摘発で捕まるけど、あくまで表の看板の経営がメインであり、付随した過剰サービスだと言い張ればセーフらしい)これは外からは判断つかないこともある。
 
食事や仮眠や散髪をしようと思って入ると、途中で変なサービスを押し売ってくるわけだ。まるで害獣をエサでおびき寄せて捕まえる罠じゃないか。
 
ボクはその辺の自己管理は徹底してるので、シートン動物記に出てくるオオカミロボのような嗅覚で罠のみ看破し、何を言われても淡々と麻婆丼を食べるだけだった。
 
 
遊び好きだった留学仲間のMくんによれば、誘いに乗ったあとは、小姐(水商売をする女性の呼称)との駆け引きが始まるらしい。
 
おいしく金だけ獲ろうと、最初はぼったくりのような値段としょうもないサービスを提案されるが、そこから交渉して値段を安く下げつつ、サービスの質を上げさせるのだとか。
時には手持ちが少ない風や帰る素振りを見せ、相手を褒めたりもして、最も満足のいくところで妥結するのが難しくもあり、面白いのだとか。交渉の下手な小姐はハメるつもりがハメられるのだとか。
事務的でアフタートークなどもなく、サービスが終われば不機嫌にすぐ出て行くところがまたイイのだとか。
 
 
 
日本人だから特別狙われるのもあるらしいが、日常生活のどこに危険が潜んでいるかわからないというのは怖い。
さすが中国だなと一層気を引き締める思いでした。
 
 
 
Mくん「こないだ仮眠施設でうつらうつらしてたら、いきなり奥の部屋に誘われて、終わって起きたら誰もいなくなってるんだよ。ビックリしたよ」
 
 
 
↑ボクが受験した時のセンター古文は、ちょうどそんな感じの源氏物語でした。
 
 
 
 

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2014年3月 4日 (火)

兵役

  
そういえば、留学してたとき、韓国人の女性とお付き合いしてた時期があった。
 
帰国後はどうしようかというくらい仲良くさせてもらってたのだが、あるとき、突然その子が泣き出した。
 
慌てて訳を聞いてみると、
 
「アナタは帰ったらすぐに兵役に行ってしまうわ!会えなくなるし、携帯やパソコンも没収されて連絡もあまり取れなくなるの!なにより、あんな厳しいところじゃ、アナタきっとシゴかれて死んじゃうわ!ワタシそんなのイヤ!!」
 
 
そう言ってくれるのはウレしいけども。マジかこの子。
 
厳しい環境だとは想像するが、ほとんどの男子は頑張って卒隊してるだろう。ボクはシゴかれて死んじゃうような印象なのか。無念です。
 
「オレ、兵役行かないよ」と教えてあげると、
 
「え?そうなの!?」とビックリしてました。
 
 
その後、彼女の態度が明らかに大きくなって圧力をかけられるようになって。
 
韓国では、徴兵されない男子は低くみられるらしいです。進退窮まりますな。
 
 
 
韓国の男の子は、高校卒業後、社会人になるまでの間に2年間の兵役に従事しなければならない(ほとんどが大学生の間だが、参加するタイミングは選べるらしい)
 
確かに、留学仲間の子たちは帰国して兵役に行くことをことさら嫌がっていた。
 
「今から二年間軍隊かよ・・・」 「日本人はいいよな」とか言われたものだった。
 
対照的にボクは、帰国後に編入することが決まり、新しいキャンパスライフにワクワクしてたのだが、それを態度に出すと白い目でみられるだろうし、彼らの苦悩も同情できるので、
 
「オレもツラい大学生活が2年間続くんだよ」とウソをついて同胞意識を持ち、慰めあっていた。
 
お互い頑張ろうなーとか言って別れて。
 
 
 
 
 
まぁ、半分くらいホントのことになりましたけど。
 
 
 
 

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2014年3月 2日 (日)

にわか将棋野郎

  
他部署のMさんは学生時代に心理学をかじったとかで、いろんな人の行動や性格を分析しては雑学をひけらかして、煙たがられている。
 
先日も、先輩社員と社食でお昼を食べてたところMさんに捕まってしまい、「~な人はこうだ」とか、「キミの~にはこういう行動心理が働いてる」とか、聞いてもいないことをペラペラ喋ってきて、先輩がめんどくさそうだった。
 
Mさんが去った後、「うぜーんだよ!にわか心理学者気取りが!」と先輩が毒づいていた。
 
傍らで「そのとーり!」と頷きながらも、「にわか心理学者気取りって、結局どういうことだ!?」と、分からずじまいでした。
 
。。。。。。。。。。。。
 
 
思い返すと、にわか将棋野郎に冷やかされることの多い人生だった。
 
ボクはヘタレなので、何を言われても「あはは・・・」と笑って波風立てぬに留まってたのだが、自分のブログには何を書いてもいいんだし、当人も見てないだろうし、言いたかったことを綴ろうと思います。
 
 
 
「オレ、十段あるから」
(↑米長中原世代ですか?)
 
「オレ、100手先まで読めるから」
(↑100手先まで読んで、どっか行ってください)
 
「オレのじぃちゃん、羽生より強い」
(↑ホントにそうなら絶対名前知ってるのでウソ)
 
「王手!!」 (硬貨や小物をパシっと打ちつけて)
(↑死ね)
 
「オレの矢倉戦法倒せる?」
(↑高い確率で)
 
「オレ、藤井システムでオマエ倒せるぜ」
(↑それはボク次第のところもあるのでは!?)
 
「日曜日の、あの将棋の番組とか観てるの?」
(↑はい。観れない時は録画もして)
 
「オレ、オマエより定跡とか知ってるから」
(↑じゃぁ、45歩早仕掛けで、居飛車の86歩を同角と取った後の変化についてご教示を)
 
「王様落ちでオレと勝負しようぜ」
(↑アホの骨頂。まぁ全部駒取るけど)
 
 
 
 
 
こういう人たちが社会の大変なところを支えてくれてるんだなと感謝して、月曜日からも頑張りたいと気持ちを一新する所存です。
 
 
 
 

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2014年3月 1日 (土)

編入学の思い出 Vol. 5

  
そんな黒歴史も多い母校ですが、所用あり、今日明日と寄って来ます。
 
 
。。。。。。。。。。
 
 
学部内ではみんなあだ名で呼ばれていて、途中参加のボクなどはこれまた一から覚えるしかなったのだが、みんな携帯のプロフィールに名前と、呼んで欲しいあだ名を併記してくれてるので赤外線で交換すれば両方わかって楽だった。
 
そういう流行なのか、ルールなのか。
 
 
「○田のぞみ (のんちゃん)」
(↑こんな感じで。大変助かります」
 
「近藤○子 (こんちょ)」
(↑カワイイねぇ)
 
「黒瀬○太 (ヘーライ)」
(あぁ、中国語読みね)
 
「○川△助 (パンチ)」
(↑ボクシング部だから)
 
「○本浩子 (ヒロポン)」
(↑誰か教えてあげないのか!」
 
「○谷有紀 (まゆゆ)」
(渡辺麻友に似てるから。自分で言うとかおこがましい)
 
 
 
変な流行だなぁと思ったけど、学部内での共通作業にすることで他学部との差異を生んで一体感を出してるのだろう。
自分であだ名を決めるなんて気持ち悪いが、ボクも仲間に入れてもらうべく当たり障りのないあだ名をつけてプロフィールを変更し、来たるべきアドレス交換に備えていたのだった。
 
 
あとで知ったのだが、入学当初にはオリキャンという学内行事があって、新入生はそこで班ごとに分けられたあと、先輩指導のもとであだ名を決めてもらって、携帯のプロフィールも変えるよう指示されて、新入生同士、交流を深めるのだとか。
 
みんな1年生のうちにオリキャンに参加してて、あくまで他の人が決めたあだ名で呼び合ってるだけだったようだ。確かに、参加しなかったという学生とアドレスを交換しても名前だけだったような。
 
 
3年次編入で、オリキャンなど知ってるわけもないボクのアドレスを見た他の子はどう思ったんだろうか。恥ずかしくなってすぐに普通のプロフィールに直した。
 
 
 
 
「佐々部義之 (ささべっち)」
 
と入ってる、あの人とあの人とあの人たちとはもう会いたくないなぁ。
 
 
 
 
 

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